20:北川、動く。

教授「…このように、農村から都市への急速な人口移動が起こり、それに伴って旧来の大家族制は徐々に崩壊していったわけです。そのため、それまで一族の伝統として受け継がれてきたものは…」
北川「……。」
眠い。
おおよそ講義などというものは、眠くなるものと相場が決まっている。
単調だからだ。
高校と違って好きで取っている分、確かに集中しやすい。
が、いくら何でも90分間集中力を持続しろと言うのは、酷な話だろう。
気晴らし代わりに、隣を見る。
名雪「…(くー)」
案の定、寝ていた。
寝ながら話を聞けるほど、水瀬は器用じゃないだろう。
…しゃあない、俺が起きておいてやるか。

♪た〜ら〜ららららら〜♪
名雪「…????」
北川「よっ、水瀬。おはよう。」
名雪「…授業終わっちゃったんだ…。」
北川「寝てたから全然聞いてない、だろ?」
名雪「うん…。」
北川「俺は、聞いてた。ノートもある。」
名雪「…北川君。」
北川「いいぞ、貸しても。」
名雪「ごめんね、いつもいつも」
北川「ああ、ほんとにいつもだ。だからもう俺は、これが当たり前だと思ってるよ。」
名雪「…北川君、もしかしてひどい事言ってる?」
北川「そんなことはない。俺は相沢と違うからな。」

祐一「俺が部屋に入ると、名雪は既に帰宅していた。」
名雪「祐一、最近独り言多いよ?」
祐一「独り言も言いたくなるさ。こんな世知辛い世の中じゃな。」
名雪「そんなに世知辛いかな…?」
祐一「ああそうさ。俺はもう、人間なんて信用できなくなってるね。」
名雪「祐一…。でも、私のことは信じてくれていいからね。」
祐一「いーやっ。お前こそ、信用できない。素で俺のことを惑わしてくれるからな。」
名雪「わっ、ひどいよ。わたしそんなことしてない。」
祐一「そんなはずはない。お前の天然ぶりは、はっきり言って精神兵器だからな。」
名雪「……。」
祐一「ん?なんかまだ用か?」
名雪「祐一、あのね。北川君に聞いたんだけど。香里…」
あのことか。例の件についての、北川からの報告だな…
名雪「南国フルーツカツサンド、食べたんだって。」
祐一「は?!」
名雪「だから、あの生協の、話題のメニュー…」
祐一「……。」
元から機嫌は良くなかったのかもしれない。
祐一「そんなくだらない話、するなよっ」
つい、名雪に怒鳴ってしまった。
名雪「……。」

名雪「ごめんね北川く〜ん」
北川「いいさ、今日はこうして、昼飯奢って貰ってるわけだし。」
いつものようにノートを水瀬に貸した日。
あまりにしょっちゅうじゃ悪いからと、昼飯をごちそうになることになった。
名雪「でもそれ、かけそばだよ?いいのそれで。」
北川「ああ、かまわない。俺かけそば好きだから。」
名雪「卵くらい入れればいいのに。」
北川「いいやっ、そのような余計な物を入れてはいけない。何ら不純なものの入らない、純粋に汁とソバだけで構成されるこの一杯の丼。このシンプルさこそ、今日本が求めるスタンダードオブランチなのだっ!」
名雪「でもそれ、ネギと揚げ玉入ってるよ?」
北川「ああっ、やられた!あのおばちゃん、いつの間に…」
名雪「前から入ってると思うよ。北川君、かけそば初めてじゃないのに…」

名雪「ねえ、北川君…」
俺がソバをすすっていると、水瀬が話しかけてきた。
0.7秒で垂れ下がるソバを飲み込む。
北川「なんだ?」
名雪「祐一…わたしのこと嫌いなのかな?」
北川「何だ唐突に…喧嘩でもしたか?」
名雪「祐一がね…わたしのこと、天然精神兵器だって」
北川「なんだ。いつものイヂメじゃないか」
名雪「ううん…それに、わたしのこと信用できないって」
北川「なんで」
名雪「祐一のこと、惑わしてるんだって」
北川「…」
俺は、丼から箸を放してくるくると回した。
北川「あいつ最近疲れてるからな。それで、ついあたっちゃったんじゃないか?」
名雪「そうなんだ。祐一、疲れてるんだ」
北川「ま、いろいろあってな…」
…。
北川「…そうだな、いい加減水瀬には、事情を話しておくべきだろうな」
名雪「事情?」
北川「ああ。相沢祐一と、美坂香里、美坂栞、そしてこの俺北川潤の関係について」
名雪「香里と、栞ちゃんに、北川君?」
北川「ああ、もちろん水瀬も入るな。あと川澄さんも絡んでるらしいが、そこら辺は俺はよく知らないから割愛させていただくとして…」
名雪「…なんなの?」

俺は水瀬に、これまでのいきさつを説明した。
栞ちゃんと相沢が別れたところから始まり、俺が美坂(姉)と協力していたこと。美坂が相沢を好きで、それを栞ちゃんがばらしてしまったこと。相沢が美坂に確認を取ったら美坂は否定して、現在はそこで停滞中、というところまで。
特に美坂が相沢を好きだということに、水瀬は驚いたようだ。

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