みにくいアキバの子

 
 むかしむかしあるところに、一人のオタ青年がいました。素材自体は悪くないのですが、とにかく見た目に無頓着で、しかもアニメやギャルゲーが大好きということで、周りから浮きまくっていました。当然女の子が寄ってくるはずもありませんでしたが、本人は一向に気にしていませんでした。
 しかしある日、彼は友達に言われてしまいました。
「お前もったいないよ、素は悪くないのにそんなぼてぼてのジャンパー着て、髪もそのままでさ」
「ほっとけ。俺は現状に満足しているんだ。世俗のありとあらゆる常識から解き放たれた自由人なんだ。言うなればハインリヒ・フリーマンだ。」
「どの辺に突っ込んだらいいのかはよくわからんが、これだけは言えるぞ。今のお前は自由なんかじゃない。ただ単に、自分の価値を高める権利と義務を放棄しているだけだ。」
 この言葉は、何故か青年の胸にぐさりと突き刺さりました。自分でも気づいていることだったのかもしれません。
「そういう事で、今日は合コン行くぞ。着替えろ。ひげを剃れ。髪をとかせ。」
 何がそういうことなのかさっぱりわかりませんが、友人の言葉に衝撃を受けたままの青年は、その非論理性にすぐには気づきませんでした。気づいたときには、もう会場の前まで連れてこられていました。
「帰る。」
「そう言うな。ここまで来て手ぶらで帰ったって、何も良いことはないだろう。それに、二次元だけじゃなくて現実の女の子と話すのも、楽しいもんだぞ?」
「しかし・・・」
 そう言って青年は、窓に映った自分の姿を見ました。そこには、普段の自分からは想像も出来ないようなさわやかで知的な青年の姿がありました。彼はチンパンジーのように、映った自分に向かって手を振ってみました。窓の向こうの青年も手を振っていました。
「大丈夫だって。それは間違いなくお前だ。敢えて言うならば、自由という名の仮面を脱ぎ捨てた、真実のお前だ。今お前は、独りよがりな仮初めの自由を脱ぎ捨て、本当の自由を手に入れたんだ。」
 根拠に乏しい、少々電波じみた論法でした。さすがに青年も気づきましたが、しかし心のどこかで何かに縋りたいという思いがあったのでしょう、友人の言葉をそのまま受け入れることにしました。
 
 中に入ると、既に数名の男女が語らっていました。男の中には青年が知っている顔もありましたが、女の方は皆初対面でした。友人が肩を叩き、青年が前に進み出ると、一斉に皆の視線が集まってきました。
「知ってる奴もいると思うが、こいつは―だ。変わったことをいろいろ知ってて、創造力豊かな奴だぞ。
 友人はそう青年を紹介しました。ものは言い様です。その場にいた男の何人か、青年を知っている人たちは心の中で吹き出しましたが、敢えて口には出しませんでした。一方青年はと言えば、今までろくに女性と話をした事などありませんから、いったい何をどう話したものかと心の中で頭を抱えていました。
 
 しかしそれは杞憂でした。元々オタですから無駄な知識は豊富ですし、チャットやネット論戦で話術も鍛えられています。多少見た目が悪くともおもしろい話をする男には人気が集まるもので、ましてや見た目は悪くないのですから、青年はすっかりその場の女性陣の人気者になっていました。友人も内心ほっとしていました。わかっていて自ら連れてきたとはいえ、青年が何か電波な発言をしてこの場をぶちこわしにするのではないかと気が気ではなかったのです。
 一方、おもしろくないのが他の男たちです。今までオタだAだと馬鹿にし、少なくとも女の事に関しては自分の方が上だと思ってきた奴が、注目度独走状態なのです。彼らはいたくプライドを傷つけられました。ずっと妄想の世界で生きてきたくせに生意気な、いっそ奴はオタだとぶちまけてやろうか、だってこれは事実じゃないか、彼女たちは奴の真実を知る義務がある。憎しみ故の理屈は、次第に彼らの中で正当化されてゆきました。
 そして、青年が「すごいねどうしてそんな事知ってるの」と言われた時、とうとう一人の男が言ってしまいました。
「当然だよ。だってそいつ、すっげーオタクなんだぜ」
 一瞬でその場の空気が凍り付きました。女性陣の目は、明らかに戸惑いの色を見せています。青年は何か言おうとしましたが、友人が黙っていろと目で合図してきたので、何も言いませんでした。しかし、友人がフォローの言葉を入れる前に、追い打ちの言葉が浴びせられました。
「三次元の女の子といっぱい話できてよかったな。でもお前その子達の事、女と思ってないだろ。」
 さすがに友人は頭に来て、立ち上がって発言者に詰め寄ろうとしました。しかし青年は友人を押しとどめ、そして自分の荷物を持って席を立ってしまいました。友人は慌てて追いかけてきましたが、青年は一言「ごめんな」とだけ言って立ち去り、そのまま家に帰ってしまいました。
 
 その後青年は周りの評判をものともせず自分の趣味の世界に全知全霊を注ぎ込み、一生涯幸せな生活を送りましたとさ。
めでたしめでたし。
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