目線の先、メートル法に換算して20mくらいだろうか。
香里と栞が、何か言い合っている。
近くに行って立ち聞きしてやろうかとも思ったが、ばれたときの言い訳が立たなさそうなので、やめた。
そして、二人とも戻ってくる。
栞「お待たせしました♪」
祐一「なにやら二人で密談していたが俺をこれからどうするつもりだ?」
栞「それは」
そう言って、香里の方を見る栞。
香里「秘密」
そう言う香里の顔は、笑顔に戻っていた。
最も、演技かもしれない。いや、何となくそう思っただけだが。
祐一「また秘密かよ。香里の秘密は多すぎるんだよ」
香里「相沢君もね…」
祐一「俺が?いや、俺はなんの隠し事もないけど…」
わざとらしく両手をあげてみせる。
栞「あやしいです」
祐一「そおかあ?」
ふふっ、と香里が笑った。
祐一「…で。どうしようか。俺は栞に話があるんだが…」
栞「祐一さん」
栞が俺の言葉を遮る。
栞「お話は…また今度にしてもらえませんか?」
祐一「…え?」
栞「今日は、三人でどこか行きましょう。それでいいですよね」
祐一「駄目」
栞「祐一さん…」
とたんに、困ったような悲しい顔になる。
俺は、しまったと後悔した。
香里「ね、相沢君。お願い」
祐一「あ、ああ。そうしよう、それでいい」
栞は、ほっとした表情を見せ、すぐに笑顔に戻った。
…そうだな、とりあえず会ってくれたんだ。話を聞くのは、この次でもいいか。
そう思うことにした。
祐一「でも、どこかって、どこだ?」
香里「いいんじゃない、適当で?」
本当に香里の言葉通り、適当に時間をつぶしているうちに、夕刻になってしまった。
祐一「送っていくか?」
香里「大丈夫よ」
栞「それじゃ祐一さん、また会いましょう」
祐一「ああ、またな」
そのまたという言葉が、何故かとても貴重なものに思えた。
祐一「さて、…折角だし、今日はもう秋子さんとこに転がり込むか」
なんの連絡もしていないが、たぶん大丈夫だろう。
これくらいのことで驚く秋子さんでもないだろうし。何より、腹が減った。
名雪を一晩一人にしちまう事になるけど、子供じゃないんだし、大丈夫だろう。
そう思いながら門の前に立った俺を、
名雪が出迎えてくれた。
名雪「酷いよ、祐一…」
祐一「な、名雪…」
名雪「黙って行っちゃうなんて。帰るなら帰るって、一言あっても…」
祐一「…言ったらついてきただろ」
名雪「…ついて来ちゃいけなかったの?」
祐一「あ、ま、その…」
確かにこっちに来ることは昨日の時点でわかっていたのだから、一言ぐらい言っておくべきだったかもしれない。
栞と会うときだけ、ついてこられなければいいだけだったのだ。
そういう思いがあるから、はっきり言い返してやれない。
名雪「祐一酷い。中入れたげない」
祐一「名雪…」
俺は今、腹減ってるんだよ…。
祐一「…イチゴサンデー」
名雪「二個」
祐一「…わかった、二個」
名雪「うん♪」
通せんぼをしていた名雪は、ようやく道をあけてくれた。
こういうのを門賊とでも言うのだろうか。
祐一「ちなみに、生協のだからな」
名雪「え、百科屋のじゃないの?!」
祐一「何言ってんだ。俺達の現在の主活動領域は大学だろ。だったら、そこで一番手近な生協で済ませるのが常識じゃないか」
名雪「う〜、そんな話聞いてない!」
非難する名雪をよそに、俺はとっとと扉の中に入っていった。
名雪「祐一、酷い、やっぱり酷い!」
祐一「ええい、じゃれるな」
名雪「じゃれてるんじゃないよ、抗議してるんだよ!」
秋子「あらあら、仲良く帰ってきたのね」
名雪「違うよお母さん。祐一が酷いんだよ」
秋子「まあ、それは大変ね」
ちっとも大変そうに聞こえない。今日ばかりは、秋子さんのこの癖も頼もしく思える。
秋子「祐一さん」
祐一「あ、おかえり…じゃなくて、ただいま、秋子さん」
秋子「北川さんから、電話がありましたよ?」