夜。目が覚める。
何時だろう。時計を持ち歩かないので、時刻がわからない。
ま、こんな山の中で、時間を気にする方がどうかしてるか
そんな言い訳を思いながら、気晴らしにテントを出た。
祐一「星が綺麗だな…」
街で見る星空とは、明らかに違っていた。
星座を知らない者でも、思わず線画を描きたくなる。そんな星空が広がっていた。
ふと振り返ると、香里がテントの中から出てきていた。
祐一「香里…」
香里「相沢君。どうしたのこんな時間に」
祐一「香里こそ。どうしたんだ、夜這いでもするのか?」
香里「失礼ね。あたしが誰に夜這いかけるっていうのよ」
祐一「新濃」
香里「相沢君。今あたしが相沢君殺して埋めても、誰にもわからないと思わない?」
祐一「…お星様が見てるさ」
我ながらナイスな返答…なわけないか。
香里「で?相沢君は、何してるの。お星様見てるの?」
祐一「いやまあ、そうなんだけど。別に星が見たかったわけじゃない」
香里「そう」
祐一「ちょっと目が覚めただけなんだ。なんか知らんが、夜中に目が覚める癖があるんだよ…」
香里「子供みたい」
祐一「そうか?」
香里「ま、あたしも目が覚めて出てきたんだから、人のことは言えないわね…」
そういって、顔を上に上げた。目線の先には、さっき俺が見ていた星空がある。
祐一「…」
香里「…」
それっきり、二人とも黙ったままだ。
祐一「…」
香里「…」
ふと、思う。二人で並んで、無言で星空を見ているこの光景。
第三者が見たら、なんと思うだろう。
そう考えたら、星を見ていることが急に恥ずかしくなってきた。
祐一「…香里、どっか散歩に行かないか?」
香里「いいわよ」

当てもなく、二人並んで歩いていた。
別に目的があるわけでもないから、かまわない。
祐一「お、ムササビだ」
香里「よく見えるわね」
祐一「いや、勘だ」
交わす会話も、たわいない。
香里「ねえ、このキノコって、毒かな?」
祐一「縦に裂ければ食べられるらしいぞ」
香里「あら、でもイッポンシメジは縦に裂けるらしいわよ」
そう言って香里は、キノコの元にしゃがみ込んだ。
その上が丁度枝葉の隙間にあたるらしく、香里の元には星と月の光が射し込んでいた。
その光が、香里の髪に反射して…
香里「…?」
祐一「あ、い、いや、食べてみれば、毒かどうかわかると思うぞ」
香里「…確かにその通りだけどね…」
そう言って香里は、キノコをもぎ取った。
香里「相沢君、食べてみる?」
祐一「遠慮しときます」
香里「そう?残念」
そう言って笑う香里には、もう月の光は当たっていなかった。
…俺は、何を考えていたんだろう。
香里「星空の下でデート」
祐一「え」
香里「今戻って誰かが起きてたら、きっとそう言われるわね」
祐一「あ、ああ…そうだな。佐祐理さんなんか、そう言うの好きそうだし」
香里「なんて言い訳するの?」
祐一「え、そ、そうだな…。う〜ん…香里は?」
香里「あたし?あたしは…」
そう言いかけた香里が、一瞬硬直する。
その目線の先に、光る二つの目があった。
祐一「…狐だよ。子ギツネだな」
香里「わかってるわ」
子ギツネも、俺達を見て驚いていたのだろう。
暫く俺達を凝視した後、さっと身を翻して、闇の中に消えてしまった。
香里が少し、残念そうな顔をしている。
祐一「香里、キツネ好きか?」
香里「え?う、ううん、そんなことないわ…」
じゃあ、何故あんな残念そうな顔を
香里「戻ろうか」
祐一「ああ」
そのときふと、俺の思考に記憶が甦る。
子ギツネ。伝承。俺が部活に入った理由。
祐一「…香里」
香里「な…なに?」
そのときの俺は、よほど真剣な顔をしていたのだろう。
香里が唾を飲み込むのがわかった。
祐一「…部活」
香里「…え?!」
祐一「郷土研究部でやること。一つ、提案があるんだが…」
香里「え?あ、そ、そうなの」
そのあと俺は、この部活に入る気になった理由を、過去のことも含めながら香里に話した。
そして、とりあえず学園祭での研究テーマ発表を目標にしないかと提案した。
香里「わかった。考えておくわ」
そのころには、香里はもう平静を取り戻したようだった。
動揺していたのは、俺が意気込みすぎたからだろうか。

戻ると、起きている奴が一人いた。
新濃「やあお二人さん。星空の下でデートだったのかな?」

こいつにだけは、言われたくなかった。そんな気がした。

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