香里「何だったの?」
祐一「いや…。知り合いかと思ったら、『罰ゲームの人』だった。」
香里「そ。」
祐一「悪かったな、置いてきぼりにして。…なんか奢ろうか?」
香里「そう。じゃあ、あれなんかどう?」
そう言って香里の指さす先には、屋台があった。
祐一「『あつあつのたい焼き』。…マジすか?!」
香里「マジよ。」
祐一「何でこのくそ暑い中たい焼きなんだ?!何考えてんだよ。否、大体そんなものを売ろうというあいつらの神経からして間違っている。」
香里「あら、海水浴場ではラーメンやおでん売ってるのよ。たい焼きがあっても、おかしくはないんじゃない?」
祐一「ここは海辺じゃない。だいたい、何も『あつあつ』までつけなくても…」
香里「でも、宣伝効果はバッチリじゃない。」
確かに、それが俺達の目を引いたのだからな。
香里「買ってみない?」
祐一「乗せられてるみたいでなんか嫌だ。」
香里「そう?」
そう言いながらも香里は、俺の手を引いてどんどん屋台に向かっていく。
祐一「そんなにたい焼き食いたいのか?」
香里「変わったもの、好きでしょ?」
祐一「嫌いじゃないけどさ…。」
香里「じゃあ、挑戦してみるべきじゃない。」
祐一「挑戦って…」
…ま、いいか。

祐一「うわ、ほんとに熱そうだぞ。」
香里「その場で焼いてくれたからね。」
祐一「じゃあ、冷めないうちに食べるか。」
香里「せっかくの焼きたてだものね。」
夏場に交わす台詞じゃないよな、等と思いながら、一個を香里に渡し、自分用にもう一つを取る。
セミが、鳴いている。
その木の根本にあるベンチ。
そこには二人の男女が座り、たい焼きをほおばっている。
…異様な光景だろうな。

風が、吹いた。
祐一「たい焼き食った所為かな、風がとても心地よく感じるのだが。」
香里「そうね。」
そう言って、う〜んと伸びをする香里。
反った体に、波打つ髪が絡まって、吹き抜ける風の感覚と相まって…
香里「何?」
祐一「え?!」
何故か、その姿に見とれてしまった。
祐一「いや、何でもない。あ、たい焼きもう一個食う?」
ごまかすように、袋に手を入れる。
が、そこにはもうたい焼きはなかった。
祐一「あれ…?」
香里「どうしたの?」
祐一「いや…たい焼きが無いんだ。」
香里「食べちゃったんじゃないの?」
祐一「いや、お互い一個づつのはずだし。買ったの、四個だよなあ?」
暖かみの残る袋をくるくると回しながら訊いた。
香里「通りすがりの野良犬が食べちゃったのかしら。」
祐一「だったら気づくだろ普通。」
そう言いながらも俺は、野良犬を捜して辺りを見渡していた。
その視界の中に、見えたもの。
それは、またしてもあのはねリュックだった。
祐一「……。」
先ほどの罰ゲーム男ではない。今度ははっきり認識できた。
俺の記憶の中にある、あの少女の姿と同一だと。
少女は人混みの中を駆けて行っている。
あの距離では、走っても追いつくことは出来ないだろう。
そう思ったとき、ふと、その少女が振り返ったような気がした。
たとえそれが現実でも、それはほんの一瞬だった。
でも、彼女はたぶん、笑っていた。
そして次の瞬間には、俺の目はもう、その姿をとらえることは出来なかった。
香里「どうしたの?」
その香里の言葉で、我に返った。
祐一「いや、…ちょっとな。」
そう言って、たい焼きの袋をポケットに押し込んだ。
香里「捨てないの?」
祐一「ああ。今日はちょっと、持って帰りたい気分なんだ。」
香里「…変な趣味があるのね。」
笑いながらそう言った。
祐一「決して袋を集める趣味があるわけじゃないぞ。ただこれは、そう、いわば思いでの品だ。」
香里「思いでの…。」
一瞬の間の後、香里が言った。
香里「このくらいで思い出にはしたくないわ…。」
祐一「え?」
香里「ううん、こっちの話。」
祐一「???」
まあいいか…。
香里「あ、もうそんな時間なのかしら。」
祐一「え?」
香里「ヒグラシ。」
そう言われてみると、確かにセミの鳴き声はツクツクボウシからヒグラシになっている。
祐一「…結構長いこといたんだな。」
香里「もう一日が短い季節なのよ。」
祐一「そうか。あっという間に、時間が過ぎちゃうんだもんな。」
香里「一日も一ヶ月も、季節が終わるのも、あっという間よ。」
その言葉の後、香里が呟いた。
香里「夏も、もう終わるのね…。」

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