日曜日。
祐一「と言っても、元々夏休みだから、関係ないんだけどな。」
名雪「誰に言ってるの?」
祐一「もちろん名雪だ」
名雪「そんなこと言われても困るよ」
祐一「あ、電話」
祐一「もしもし、相沢祐一ファンクラブ事務局です」
栞「あ、祐一さん」
祐一「何、栞なのか?」
栞「そうですよ。誰だと思ったんです?」
祐一「いや、最近南京豆の勧誘がしつこいから、それかと思った」
栞「そうなんですか。てっきり、私だとわかっててあんな事言ったのかと思いました」
祐一「いや、それはさすがに無い」
恥ずかしいし。
栞「祐一さん、私すぐそこまで来てるんですよ」
祐一「すぐそこ?そんな地名あったか?沖縄か北海道か?」
栞「そんなこと言う人嫌いですっ」
祐一「わかったわかった。で、具体的にどのあたりにいるんだ?」
栞「大学の…」

栞「ゆーいちさんっ」
祐一「おお、栞。待ったか?待ったよな」
栞「待ちましたよ。あんまり遅いから、このまま祐一さんの家を襲撃しようかと思いました」
祐一「それが出来ないから待ってたんだろ?」
栞「そんな事言う人嫌いです」
祐一「はっはっは。で、今日は何をしに来たんだ?」
栞「…」
考える仕草をする栞。
栞「何をしに来たんでしょうね」
祐一「栞には放浪癖でもあるのか」
栞「そうですね。少年期は、人生のうちで彷徨い歩き続ける時期ですから」
祐一「…」
栞「あ、今の台詞ちょっとかっこいいと思いません?」
祐一「そう言うと思った」
栞「酷いです〜。結構自信作だったんですよ〜」
互いに言葉を交わし、時には冗談も言い合う。
楽しい。まるで、昔に戻ったみたいだ。
昔に…
でも、今の俺と栞は…
祐一「栞…」
栞「はい?」
祐一「……」
このまま、昔みたいに戻れたら。
祐一「…雲って水蒸気で出来てるから、食べることも出来るんだよな?」
栞「なんですかそれ」
思いとどまった。それを口にしたら、今折角得られた貴重な時が、壊されてしまう気がした。
それに、わざわざ口にしなくても、このまま自然体でいれば、元に戻れるのではないか。そうも思った。
だが、それは甘い考えだった。
栞「祐一さん」
突如、表情を正して栞が言った。
栞「前に言ってた、私への話。今ここで聞いていいですか?」
祐一「あ?あ、ああ」
栞「それって…。私が別れようと言いだした理由、ですよね」
祐一「さすがだな…。そうだ、なんであんな事言いだしたんだ」
俺が嫌いになったんじゃないんだろう、と言おうとして、止めた。
自分でも、口調が早くなっているのがわかった。詰問になってしまうのはまずい。
栞「祐一さん、お姉ちゃんから話は聞いてますか?」
祐一「香里から?何を?」
栞「…お姉ちゃんの、…心の内」
祐一「心の内」
何だ。
栞「…聞いてないんですね」
祐一「たぶん、な」
栞「じゃあ、私が言います。お姉ちゃんは…祐一さんのこと好きなんです」

祐一(000)

栞「…祐一さん、ふざけてます?」
祐一「いや…栞の方こそ、冗談言ってないか?」
栞「本当です。お姉ちゃんが、そう言ってたんですから…」
香里が。
祐一「…俺は聞いてない」
栞「だから今、私が言ったんです」
よくわからない。俺は今、混乱している。頭の中では、香里の姿が駆けめぐっている。
乾いた秋の風が、散り初めの色葉を運んでいた。
祐一「…それが理由か?」
やっと出た言葉は、それだった。
栞は黙って俯いたまま、頷いた。
祐一「そうしたら、…栞は、香里のために身を退いたってことか?」
栞「そう…いうことになりますね。でも」
少し涙目になりがちな栞。
栞「そんな殊勝なものじゃないです。結局、自分の我が儘だったんです。」
祐一「香里は、この事この理由を知ってるのか?」
栞「知ってます。祐一さんと別れて、すぐ後…真っ先に言ったから…」
祐一「…」
栞「今から思えば…ほんとは私、そのことをお姉ちゃんに言いたくて、祐一さんと別れたのかもしれません」
祐一「…」
栞「…あのとき私、祐一さんよりお姉ちゃんを取ったんですね」
祐一「いい、もういい、栞」
栞「私、もうお姉ちゃんを無くしたくなかった…」
祐一「もう、いいから!」
つい荒がった声になってしまう。
それを抑えるように深呼吸した後、栞に声をかけた。
祐一「訊いた俺が悪かった。今日は、もうそのことは忘れよう。いや、忘れてくれ。な?」
栞「はい…」
二人で笑った。
でもそれは、先刻までの楽しい笑いとは違う、乾いたものだった。

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