北川「よ、美坂」
あたしたちは、東口側にある喫茶店で落ち合っていた。
香里「わざわざこんな場所指定するなんて」
北川「関係者に邪魔される確率が低いだろ?」
香里「関係者がいたらまずい話なわけね」
北川「ま、俺はかまわないんだけどな。どちらかというと美坂が良くないんじゃないかと思ってな」
香里「どんな話なのよ」
北川「相沢から聞いた話、と言えばわかるかな?」
香里「そう。その話なのね」
北川「その話だ」
香里「あんまりして欲しくない話だわ」
北川「そうはいくか。どういうことだ?過程はともかく、ようやく相沢に思いが伝わったんじゃないか」
香里「その過程が問題なのよ」
北川「そうだろうけどさ。1年以上も待ち続けて、ようやく、だぜ?多少のいざこざくらい」
香里「あたしだけが待ってたんじゃないもの」
北川「え?」
香里「あたしと同じようにううん、あたしよりもずっと熱い思いで、だけどずっと静かに待ち続けてきた人がいるのよ」
北川「水瀬のことか?」
香里「ううん。もちろん、名雪もそうなんだろうけど」
北川「誰だ?」
香里「川澄さん」
北川「はあ〜っ…」
北川君が、驚いたように頭に手をやる。
北川「こいつはまた…強力なライバル判明ってところだな」
香里「ライバル…なのかしら」
北川「ん?」
香里「だって、あたしもう…」
北川「もう?」
香里「…」
北川「おいおい。まさか、ここまで来て戦線離脱する何て言うつもりじゃないだろうな?」
香里「だって、あたしには相沢君に近づく権利なんて…」
北川「権利義務の問題かよ。そんな事言ったら、恋愛なんて本質的に成立し得ないぜ?」
香里「でも、川澄さんは、ずっとおとなしく待っていた。あたしみたいに、卑怯な手使ったりしないで。だから…」
北川「美坂が卑怯な手使ったってんなら、俺も相当な卑怯人間って事になるなあ」
香里「あ…ごめんなさい…」
北川「ま、いいんだけどさ」
そう言って北川君は、コーヒーを一口すすった。
短めのフランクフルトソーセージが浮いていた。
これまずいなと言いながらカップをおいた北川君は、話を継いだ。
香里「でもやっぱり。あたしは、身を退いた方がいいんじゃないかと思うの」
北川「何故」
香里「だって、あたしが出しゃばる所為で、あの三人の関係まで壊すことになるかもしれない」
北川「あ〜…そういう危惧は、確かに無きにしもあらずだけどなあ…」
頭をかく北川くん。
北川「だけどさ美坂。そうやって他人に遠慮ばかりして生きてくのって、正しいのかな?」
香里「え?」
北川「そうだろ。初めは水瀬に遠慮して、次は妹に遠慮して。今度は川澄さんか?」
香里「だって…」
北川「自分は汚い、自分は卑怯。だから自分のほしいものも、他人に譲ります、か」
香里「…」
北川「謙虚にして清廉。一見立派だけどさ…」
北川「『自分を幸せに出来ない人間は、他人のことも幸せに出来ない』って、よく言うよな?」
香里「それは…」
北川「こういう事するから、栞ちゃん事件も起こったんじゃないのか?」
香里「…」
北川「相沢のこと好きなんだろ?だったら遠慮なく戦えよ」
香里「でも、それでもし。戦って、あたしが勝ったら。勝ったりしちゃったら」
北川「しちゃったらって。本気で戦えば勝てるって解ってる癖になあ」
笑いながら、北川君は続けた。
北川「ま、少なくとも川澄さんは、それで美坂を恨んだりしないさ」
きっと表情を変えて、言葉が続く。
北川「それで友情壊すほど、美坂も川澄さんも、ヤワじゃないだろ?」
香里「そうね…あたしは、壊したくないわ」
北川「水瀬もだよ。もちろん、栞ちゃんも。分けて考えることの出来ないそこらのバカタレとは違うって」
香里「…そうよね」
ずっと悩んで先が見えなかったものが、霧が蒸散するように見えてきたように思えた。
まだ、霧は晴れないけど、でも。
明かりをつければ、前に進めるかもしれない。
香里「ありがとう。あたし、踏ん切りついたわ」
北川「お。なんかやる気だな」
香里「ええ。…やるわよ」
北川「よーし、それでこそ美坂香里」
香里「あたし、やるからには本気で行くわよ」
そういってあたしは、席を立った。
香里「ありがとう、北川君」
北川「ま、同志だからな」
同志。
香里「…そういえば北川君。あなたの方は、いいの?」
北川「ん?う〜ん、そうだなあ…」
香里「あなた、あたしの方ばっかに手取られて、何もしてないんじゃない?」
北川「ま、ここ最近何もしてないのは事実だな」
香里「あたしに出来ることがあったら、遠慮なく言いなさいよ。北川君には、大きな借りが出来たし」
北川「借りねえ。じゃ、何か機会があれば、協力して貰うよ」
香里「うん。じゃ、またね」

香里が店を出て、一人席に残った北川。

北川「…そうだな。いい加減俺も、動き出すか…」

コーヒーから取り出したソーセージをくわえながら、北川はそう呟いた。

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