沖縄の冬は短い。温帯性気候特有の季節という時間は、人の心に複雑な感情を呼び起こさせる。その刹那な瞬間を共に過ごそうという一団の若者たちがいた。
我々はその日、バトミントンをする約束をしていた。何故バトミントンなのかはわからない。だが、バトミントンでなければ、少なくとも私は参加してはいなかっただろう。大学から遠く離れた会場へ向かう交通手段を持ち合わせていない私は、TNの車に強引に同乗するという手段を採った。その車には、私とTNの他に、二人の人間が乗っていた。そのうちの一人は、我が大親友(自称アール氏)であった。
四人もの人間が同じ車に乗っていて、終始無言の状態であるというのは異常な状態であろう。最も、この四人が赤の他人であれば話は別であるが。そうなると、結局ほとんど何も言わなかった自分はやはり他人に近い状態であったのかもしれない。だが、人には得てして話についていけないことがあるのだ。話についていけないというのは、即ちその交わされている話題に関する前提知識がないということに起因する。私の持ち合わせている知識は一般市民のそれとは大きく乖離しているらしく、他人の話についていけないのは日常茶飯事であったので、その状態に対して大きな違和感は感じていなかった。
話についていけないからといって、その話を完全に無視していたわけではない。何しろ、他にすることもないのだ。眠るというのも選択肢の一つではあったが、三人以上の人間がいる場所で眠るという行為がどんなに危険なことであるか、私は20数年の人生経験で学び取っていた。私は、交わされる言葉の断片から、話の内容をつかみ取ろうとしていた。その中に、私は衝撃的な言葉を聞き取ってしまった。